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             聴  法  録  86

聴法録86-1

一声一声のお念仏は
如来の お呼び声であると
仰ぎ聴く 一つである
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

信実の活きた 親に
出会える場所は 私の内にある
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
と親に会う

親が南無阿弥陀仏になって
ここにいるぞ 共にいるぞ
そばにいるぞと 呼んでいる
名乗っている
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

南無阿弥陀仏の中に 弥陀の心
弥陀全体が入っている
それを頂いた 私は
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
と称え 聞くまま
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

一声の念仏 この声を聴くより
ほかに何の 要もない
仏様即ち 南無阿弥陀仏だから
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

聴法録86-2

南無阿弥陀仏が存在するから 私が
それを信じるのではない
私自身のまことの 信心においてこそ
阿弥陀仏は確かに 私にとって現生
してくるのである
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

大いなる生命と 私をつなぐ唯一の
パイプは 南無阿弥陀仏である
それは大いなる生命の 回向による
ありがたいことです」
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

称えて下さる 念仏なれば
ただありがたく 聴くのみ
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

他力の海の中に 自力無効と
投げ入れて 南無阿弥陀仏
と称うのみ
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏