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| 聴 法 録 95 |
聴法録95-1
宗教とは何よりも先ず、この地上にあらわれては消えゆく、無数の生命存在の流れの内の単なる一個でしかない私が、その流れのなかから「私自身」を取り上げて、いったい「わたしの一生の営みはなんであったか」「何であるべきか」と問いおこす…この問題にかかわるものではないかと思われます。
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聴法録95-2
自己の存在価値を自己において見いだしながら、本当の生命そのものになるということです。宇宙を悟りと迷いの二つに分け、「迷いを捨てて悟りたい」というのでは、宇宙一杯ではない。幸も不幸も、悟りも迷いも、生も死もまったく一目にみて、どっちへころんでも自己は自己の生命を生きる。そういう自分が、自分しなければならない。そういう宇宙一杯、天地一杯こそが、「私の帰る処」なのだから。
だから「出会う処わが生命」。何にもならないところで、しかしながらほんとうの純粋自己の生命力としてただする。そういう自己で生きたいです。そうすれば何も勝った負けたで、泣きべそかいたり、あるいは幸福はよいが不幸はいやというので逃げたり追ったりする、そんなウロウロした生き方をしなくてもいい。
本当に堂々と、天地一杯の自己、その生命力で真直ぐに生きてゆく。こういう生きる態度こそが一番大切です。
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