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聴 法 録 10
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聴法録10-1
救われるという事は、足腰を強くして、悲しみも、苦しみも越えていくことで、こういうのが、仏に救われた者の姿だという。このような道を学ぶ方向のなかでこそ、そういう境地が開けてくる。宗教では、そういうように道を学ぶことによって、人間的な成長を遂げること。或いは、今までの自分の古い殻を脱ぎながら、本当の自分に育っていくという。こういう方向の中に人間成長を遂げていくことを、教えるものが宗教である。
信心には、二通りあると言っている。人の話を聴いて、やっぱり私たちは宗教を学ばなければならない。やがて死んで逝くんだから、死に対して何かを勉強しておかなければならないと、思った時に、宗教の学びが始まる。それは何かを当てにして、信ずることからスタートします。それは人の言葉を、その教えを信じるのです。しかし、これは信心と言ったて「目覚め」ではないんです。思い当っていないのです。知的にわかっているだけです。
話をまず聴かなければならない。その聴いた話が具体的な人生生活の中で、思い当ってくる。「ああ、そうか」と思い当る「目覚める」という世界が本当の意味の信心なんです。だから信心と言っているのは、深まりを持っているのです。
知的に概念的に知ることと、体験的、経験的に知ることとの違いを言うんです。この深まりが宗教を学ぶと言うことです。 |
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